人間死ぬまで「アップデート」

私は医療介護の仕事に従事していませんし、専門家でもありません。はっきり言って「素人」なんですよ。ただし、現在の少子高齢化社会を目の当たりにし「高齢」の父親を抱える身なので、決して無視するわけにはいかないのです。

だから、専門的というよりは、自分の考え(主観)を前面に出していくブログになると思います。
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さて、高齢化問題になると何処か避けたくなりネガティヴな話題に偏りがちになりますよね。けど、そんな流れに飲み込まれたくありませんし、せっかく与えられた生命を大切に使いたいじゃないですか?決してマニュアルにはない方法を自分自身で感じて考えていき、最後の最後まで「よく生きた」と満足出来る様にしたいですよね。

またその為には、死ぬまで「アップデート」を繰り返し「更新」し続けるが大切だと思います。体内にある細胞は年を追うごとに減少するのは事実です。しかし人間って、それだけで決まるものではないと言えないでしょうか?
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先日、電車に乗っていると近くの席に老夫婦が座られたんです。そして、ご主人の方がスマートフォンについて熱く語っておられたんですよ。奥様の方はフンフンと頷かれてただけでしたが、凄く新鮮な光景でした。これって情報面において「アップデート」されているからこそ出来るのであり、自分が将来的に目指すべき姿の「モデル」に思えました。

よく「老け込む」と言いますが、それを防ぐにには「アップデート」を欠かさない事に尽きるのではないでしょうか。確かに「アップデート」と簡単に言ったところで、実際に「更新」するのは「自分自身」になってきます。先述のご主人みたいに熱く語れる材料、つまり趣味であり興味のあるものですよね。それらから情報を探ってみれば「アップデート」は十分に可能だと思うのです。そして決して時代に背を向けない事でしょう。私の幼少期にインスタントコーヒーを作って御馳走してくれた「お婆さん」は明治の方でした。今になって思うと「アップデート」されてたんですよね。決して大袈裟な事でなくてもいいんです。小さい事、さりげない事に情報のアンテナさえ張っておけば高齢者の枠に入っても「更新」し続けて「アップデート」は出来るのですから。

つまり「アップデート」とは柔軟な考え・発想であり、年齢に捉われない「進歩」だと言えます。いくら年齢を重ねても「アップデート」を止めることだけは避けたいものです。高齢者の方の新鮮さは確実に次世代へ繋がり、好影響を与えると断言出来ます。
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