「明治」VS「昭和初期」の高齢者比較

「義理と人情」の明治生まれ

私にとって「お爺ちゃん・お婆ちゃん」と聞けば「明治生まれ世代」になるんですよね。しかし、時は流れて現存する明治生まれの方は最も若くて「104歳」です。致し方ないのですが、あと10数年で「明治生まれ」の方がこの世からいなくなります。

歴史を遡って「近代」と呼べるのが「明治時代」以降ですから「遠い昔」ですけど、どこか身近な時代に思えたんですよ。また私の子供の頃は普通に「お爺ちゃん・お婆ちゃん」として存在しましたから尚更「明治」は近かったわけです。

私の父方の祖父は、正直「アンタッチャブルなキャラ」で参考にならないのですが、大叔母は優しい人でした。当時小学生の私に対して常に(祖父のことを)「よろしく頼むな」と「きつねうどん」をご馳走してくれました。祖父のキャラを大変心配してのことだったんでしょうね。

また私が母親に連れられて、眼科に行った際には見知らぬ「お婆さん」がお菓子をくれたことがありました。丁度診察までの待ち時間が長く、小学生の私が母親に愚図ってたんでしょうね。そんな私と宥める母親を気の毒に思ってのことだったのでしょう。今も頂いたお菓子の味を覚えています。

明治の方の特徴なのかも知れません、凄く気を使って下さる方が多い印象があるんですよ。私の場合「お婆さん(女性)」との想い出が強いですが、男性(お爺さん)は総じて「頑固」な方が多かったですね。それでも人に対しての「優しさ」を兼ね備えられてました。

だから私にとって「明治生まれのお爺ちゃん・お婆ちゃん」のポイントは凄く高いんですよ。

私の父方の祖父はアンタッチャブルでイケてなかったですが(苦笑)
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世知辛い世を生き抜く「昭和初期」

翻って「今の高齢者」の方々はどうでしょう?

先出の「明治」の方も全てでは無いですよ。あくまでザクッと大雑把に見た感じですからね。ただ、私としては高齢者に対しての目線は「同じ」なんです。つまり「昭和初期生まれ」の方も「明治生まれ」のフィルターを通して見てしまうわけです。

電車に乗っていて、乗継の駅に着いた途端「我先に」停車してる乗り換えの列車に走って行く高齢者の姿。つまり空いてる座席を確保する為ですが、呆気に捉われますよ。若い女の子と肩がぶつかっても謝るどころか「席獲り」優先。これは特定の方ではありません。確かに座りたい気持ちは分かりますが、悲しい光景ですし「こんな人達に優先座席は必要あるの?」と感じましたね。

また「挨拶」をしても返してくれない人や、怒りっぽくすぐキレる人も見かけますね。それに妙にセコい人も少なくないです。

総体的に「モラルの欠如」してる方を多く見かけるんですが、これは私の評価が厳しいのでしょうか?

やはり「明治生まれ」と同列に見るのが間違ってるのかも知れないですね。平成の今の時代を「ゆったり生きる」ことは却って難しくなってますし、悪い輩が高齢者の方を「カモ」にしてお金や財産を狙ってる現実もあります。

高齢者の方が警戒心を強めるのも無理はないですし、もはや誰にも頼れないと感じ始めているのかも知れないですね。
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「時代背景」が生み出した違い

明治生まれ」の方は基本的に時代が「江戸」からシフトした想像を超える「変換期」を過ごしてこられたんですよね。身の回りの生活が近代化する中でも「魂は江戸」の状態だったと思うんです。それが「武士道精神」として残っておられた。有史上、最大の変革と言っていいほどの時代に生まれた方々ですからね。

そして、先の戦中戦後を「大人」として迎えられています。文明開化に始まり、日露・日清戦争に大正ロマンに関東大震災、そして大東亜戦争。人生そのものが「歴史教科書」という世代は生ける伝説と言えますよ。今流行の言葉を借りれば「明治生まれはレジェンド」そのもです。

「劇的な時代の流れ」を武士道精神に叩き込まれ、常に厳しく生きてこられた世代が「明治生まれ」なんですよ。一方で戦中戦後は幼少期で過ごし「反戦気運」が高まって、より自由を主張する時代に大人へと成長されたのが、今の高齢者なんです。さらに「高度経済成長」という猛烈な追い風が生活に入り込んできました。つまり昔からの「規制」を取っ払い「自由と便利」を手に入れたと言えますよね。

同じ「高齢者」でも「明治生まれ」「昭和初期生まれ」では全く異なる存在と思うんです。

また「明治生まれ」の方が「高齢者」だった時代は「昭和の追い風」が緩やかに吹いており、全てに気持ちの余裕があった優しい時代だったんです。

しかし「昭和初期生まれ」の方が「高齢者」になってる現在、何もかもが余裕を失い、経済も低調に滞ったままです。昔ながらの長屋は姿を消して、コンクリートで覆われた無機質なマンションが(そこかしこに)建ち並ぶだけ。隣人との挨拶どころか顔すら分からない世の中です。そして苦しい時期から脱した「解放感」だけは身に染みて、アンバランスな状況に揺さぶられたままなんです。

タイトルに「明治VS昭和初期」と記しましたが、これはどちらかの「優劣」を決める為ではありません。いつの時代でも高齢者は「お爺ちゃん・お婆ちゃん」なんです。下の世代から見あげる風景は同じなんですよ。

しかし、同じ高齢者でも「似て異なる」のが現実で「人生の山頂」から見渡す風景は随分違ってくるのでしょうね。

是非はともかく、高齢者に対する先入観を外してよりニュートラルな気持ちで接するのも私達「下の世代」の努めだと思いました。
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