肥満はセンテナリアンの放棄です

やっぱり太り過ぎは…

私は以前「肥満」であった事は書きましたけど、別に「肥満体型」の方を見ても不快とか特別な感情は持ってなかったんです。しかし、最近はその考えが揺らぎ始めてますね。自分とは関係の無い方がどんな体型をしていても関係ないんですよ。それでも正直「イラッ」とくる事があるんですよね。

先日、ホームセンターに買い物へ行ったんですよ。規模の大きい店で、品揃えも豊富なわりにはレジの数が少ないわけです。

その「数の少ないレジ」が空いてたらいいのにと淡い期待をして(購入する商品を手にレジへ)向かうと、かなり肥満体型の「中年婦人」が前に並ばれてたわけです。私は「蛍光灯2本」だけを買い物カゴに入れてましたが、前の婦人はテンコ盛りに(買い物カゴに)購入商品を入れてるわけですよ。

おまけに、精算時に(前の婦人が)何やら手間取ってるんですよね。こちらも急いでたものですから、相当「血圧」が上がりましたよ。こんな経験をされた方は多数おられると思いますが、何なんでしょう?無性に苛立ちましたからね。

「肥満=動きが緩慢」という事になるのでしょうか?苛立ってはいけないんですけど、この婦人の太り方も「半端なかった」わけです。

「ここまで太ったらダメでしょ」と思わず心の中で呟いてました。
スポンサーリンク

リスクだらけの身体に誰がした?

「中年太り」という言葉があります。確かに若い頃は「スリム」だった人が「アレッ?」て体型に変わってる場合とかですね。これは、栄養として取った「熱量(カロリー)」が燃焼されずに蓄積されやすい為なんですよ。

病気や薬の副作用で「急激に太る」ケースはあるでしょうが、普通はいきなり太ることは有り得ません。それが「何故そうなるまで放置してたの?」と疑問が湧いてくる肥満体型の方が多いんです。私が「イラッ」とくるのは、そういう事も起因するんですよ。

目一杯食べ続けて太る。それだけで済めばいいですよ。けど実際は身体中に「時限爆弾を仕掛けられた」事と同じくらいの「リスク」が生じるわけです。心臓にしろ血管にしろ、また身体中の内臓も悲鳴を上げるのですからね。

苦しむのは誰ですか?結局は自分自身になるのです。健康長寿まで生きれるのは「ごく限られた人」だけかも知れません。しかし、最初から「放棄した」生き方をして、後で後悔するぐらいなら「今すぐ改めなさい」と告げたい気持ちです。

あくまで「どんな体型」であろうと、それは個人の自由ではあります。しかし、長寿で健康に過ごされてる方を見ると「健康に沿った生活」を送る事が義務とさえ思えてくるのです。
スポンサーリンク

自分の身体を客観的に見てみる

「放っておくと大変な事になりますよ」というキャッチフレーズで病気の症例を紹介する番組がありますよね。バラエティ番組ですから、ある程度「大袈裟」に映してるとは思います。しかし「健康」を心掛けるなら多少の「臆病」でもいいんじゃないでしょうか?

また、自分自身を「外から見る」という試みも悪くないと思いますよ。確かに必要以上ナーバスな取り組みは(逆にストレスが溜まるので)NGですけどね。ソフトな気持ちで、自分を見つめてみる機会は持つべきですね。自分自身を「舟」に例えれば「舵を切って」みる感じです。

決して、私は「センテナリアン」に拘っているのではないんですよ。ただあくまで「健康」で且つ「長寿」を目指す生き方こそ「理想である」と言いたいわけです。親から授かった身体は大切に手入れをする事は義務ですよ。それを放棄する生き方だけは止めるべきだと思います。

本日は少し「辛口」な内容になってしまいましたが、健康第一ですよ。何よりも「健康が財産」ですから、しっかり「守って」いきましょう。
スポンサーリンク

 

 

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください