美味しく食べる定義とは?

勝手に「梅干し」やら「納豆」を不味い食べ物の代表みたいに取り上げて反省してます。あくまでもザクッと思い浮かべての事ですから、個人的には「梅干し」を毎日食べてますし「納豆」も週に2~3回は食べるほど好きなんですよ。

もちろん身体に良い食べ物なんですが、それ以上に美味しいですからね。やはり食べる行為は「美味しく頂く」というのが大前提だと言えます。
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大食漢であれ少食であれ、時間があろうと無かろうと食事は美味しく食べないと意味を持たないです。これは私の持論というか考えなんですけど、

「食事は頭で食べるものだ」と心掛けています。

つまり、食べる行為は「脳のコントロール」の下に行われているのですから「食べる」という指令だけではなく、様々な指令が細かく脳から発信されているわけです。

「美味しく食べる」というのは、ただ「味」だけを追求したものだけではなく「空腹感を埋める」意味も含まれますよね。さらに家族や友人、仲間と楽しく過ごしたり「場の空気を和ませる」ことも「美味しさ」に繋がってきます。少し話が逸れますが、美味しいと評判の飲食店がテレビやメディアでよく紹介されます。凄い行列で待ち時間が1時間を超えるような店でようやく席に着き、まだ並んでる行列客の「鋭い視線」を浴びながら食べる味って美味しんですかね?また客に対して上から目線の横柄な店主が経営する「評判店」へ入り、緊張感溢れる中で食べる料理も同じように美味しい味なんでしょうか?

私は「美味しくない」と思います。

つまり、脳からの細かい指令を無意識のうちに「遂行」しようとするわけです。食事という食べる行為の中には「美味しさを感じて気持ちを満たす」他に「栄養を送って身体を作る」「不足している養分を補う」「食べる事で身体の欲求を満たす」「精神を落ち着かせる」等のミッションに応える必要があるわけです。

従って、上記で紹介した様な店が「ミッション」に応えてくれると思えないですし、考えてくれる店こそ「優良な店」と言えるでしょう。

栄養や味と少し定義が離れるのですが、私は「食」において「空気(環境)」が凄く大切になってくると思っています。いくら美味しい物を提供されても劣悪な空気の中では決して意味を持たないのです。つまり脳が「エラー」を起こし、胃に伝わり「食べる行為を拒否」しようと働きます。そんな「エラー」を重ねるとやがて胃の疾患へと繋がってくるのです。
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「美味しく食べる」には単に味だけを追求したり、自分の好みだけを選ぶのではなく「空気(環境)設定」を常に整えておく必要があります。あくまで個人感なのですが、高齢者の方々の「環境設定」は抜群に優れているような気がします。それが無意識なのか何なのかは分かりませんが、少なくとも脳からのミッションに応えられているからこそ「長生き」に繋がっているのではないでしょうか?

私たち下の世代も大いに見習っていきたい点だと思いました。
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